ニュース: 2017年3月

常にそこにあるもの (2017年03月24日)

ここ数か月ダンベルフライやベンチプレスなど胸のメニューをやると決まって方が痛くなります。
ある可動域までいくと痛みが出てしまうので完璧なフォームでは出来ない状態。
まぁ仕方がないですね。

そしてここ数日は左肩の痛みに襲われています。
こちらは恐らく神経痛。

身体的な苦痛は、本来ただそこに存在しているもの。

しかし厄介なことに、ただ存在している痛みなどの刺激・データを受けて脳が妄想・反応(変な病気だったらどうしよう。なんで自分だけこんなめに。etc)をどんどん膨らませて苦しみ・悩みを増幅させてしまう機能が人間には備わっています。

この増幅された感情に飲み込まれてしまうことこそが、身体的苦痛が生み出す問題の本質の様な気がしてなりません。

多くの人にとって感情に飲み込まれた状態は精神的苦痛となってしまうのではないでしょうか。

この苦痛、完全に消し去ることは出来なくてもかなり薄めることができるように感じています。

まず身体的苦痛と同様に、感情を増幅してしまう脳の機能も本来生まれ持ったものとして認識します。
この機能は外界からの刺激を受けて常に働いている状態。

常に働いている状態に気づきながら、その機能を観ていく。
観るといってもグーッと集中してみるというよりも、リラックスして「ああ、また例の機能が働いちゃってるな~」くらいの軽い感じで観ていく。

それを繰り返していくと、痛みから派生した負の感情で満たされていた心に少しずつスペースが生まれてきます。
心のゆとり、余裕と表現してもいいかもしれません。

「畜生なんで俺だけこんな目に。トレーニングできねーじゃねーか!」→ 「まぁ出来る範囲でトレーニングして近々治療しよっと。」

心にスペースが出来始めるとこんな風に思考も変化してきます。
ちなみにこの時点で身体的な問題は解決されていませんので痛みのレベルに変わりはありません。
心にゆとりがあれば、痛みのレベルに関係なく気楽にやり過ごせるようになってきます。

気づいて、観る。

卓越した瞑想の達人であればその機能そのものを無い物とすることができるのかもしれませんが、ぼくのような凡人にとってはガンダーラより遠い最果ての領域。

ぼくは少しずつ心のスペースを広げられるように精進したいと思っています。

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